仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第81号
2024.10.10 THU
通信教育指導室から、こんにちは。
皆さんは、NHKスペシャル「涙と笑いのハッピークラス」という番組を知っていますか。
2002年4月からの金森学級の1年間を記録したこの番組(YouTubeで視聴可)は、世界中で大きな感動を呼びました。
学級担任の金森俊朗先生(1946 - 2020)は、石川県の小学校教師として活躍、退職後は北陸学院大学教授として後進の指導に当たりました。
金森実践の核となっている「手紙ノート」から、小5のアユミさんの詩を紹介します。
べんきょうのことで悲しみをもったこと
私は、とっても、べんきょうができない。
なぜかと言うと、先生の話をちゃんときいているけど、どうしても、わすれてしまう。
おぼえていたとしても、ちょっとしか、おぼえていない。
いつもいつも私は、バカだと思ってしまう。
勉強だけだったら、ちょっとはいいと思ったけど、運動もできない。とび箱だって、ちょっとしかできない。
でも、それだけだったらまだよかったかもしれない。
私は、ピアノと、そろばんを、やっている。ピアノの先生は、とってもやさしい先生なので、ごうかくをしたら、お母さんが、
「ごうかくしたかい?」と聞いてきた。
私が「うん」と言ったら、
「うそやー、あの先生あまいもん!あんなにへたくそやってんにー。」
と言った。
私は何もいえれなかった。
そろばんのときだって5きゅうのしけんに2かいもおちてしまった。
そしてお母さんに
「あんたただお金つかっとるようなもんやがいね!はよううかりまっし!まさよし(おとうと)にぬかされるぞー。」
と言われた。私は、少しないてしまった。
勉強も、運動も、ならいごともなんのとりえのない私がだんだんなさけなくなった。勉強は、もうなにもかもやめたいと思うようになった。ならいごとだってやめたい!と思った。
その日から、私はとーってもバカだ、と思ってしまった。
お父さんが、いとこの、のりちゃんのことを話していて、お父さんが、
「のりこ、あたまいーなー」
と言って、私の方を見てきた。
「どうせ私はあたまがわるいよー」
と言った。だって、ほんとうに、のりちゃんはとっても頭がよくて、うんどうがすごくできて、そろばんだって1きゅううかった、字もうまいし…。
そしてお母さんが、
「おんなじいとこどうしなのに、どうしてこんなにちがうのかな?」
と言った。
私は、おとうさんより、おじいちゃんの方があたまがよかったからじゃない!と思った。
そして、
「そんなに子どもがあたまよかったらいいなあと思うんなら、のりちゃんを子どもにすればいいじゃない!」と思った。
それに、私は思った。
「どりょくをしても、あたまがよくならないんだよ!しょうがないバカなんだよ」と思った。
でも、私は、どうしても、頭がよくなりたいなーと思う。
そして、さんすうの時間になったり、こくごの時間になったりすると、わかっているんだけど、どうしても、手が上げられない!じしんがないからだ。
先生が、
「かっこうつけなくてもよい」
と言うけれど、やっぱりじしんがない。
そして、どうしても、わからない!
私は、こういう自分がにくくなってきた。そして、のりちゃんは、あたまがいい。
私は、
「どうしてのりちゃんあたまがいいの?」
と言った。
うらやましかった。私もあたまがよくなりたい。
それをきいてたお母さんが、
「のりちゃんはどりょくしてるから……」
と言った。
その中に「ゆるせない」ことばがあった。それは、
「あんたみたいに、どりょくをしない子じゃないの!」
私は、いくらお母さんでも、ゆるせなかった。私は、夕食をたべているときも、そのことばがあたまの中に、ぐるぐるうかんだ。そして、目の中になみだをいれたままごはんをたべていた。
そして、ごはんをたべおわったらなきそうな声で「ごちそうさま」と言った。
そのまま自分のへやにいって、一人でめいっぱいないた。
私はなきながら、小さなこえで、
「私だってどりょくしているよ!なにもしらないくせに!どりょくしてるけどわすれてしまうんだよ!」
と言っていた。
私は、なにも私のきもちをしらないのに、かってにきめられたのが、とってもいやだった。こんどから、かってにきめないでほしいと思った。
(5年 アユミ)
自信をなくし、押しつぶされそうになりながら、それでも頑張ろうとするアユミさんの心の叫びが、痛いほど伝わってきます。
金森学級には、それを受けとめ、「自分にも似た経験がある」と共感してくれる仲間がいます。
共感と共有-大人の世界でも大切ですね。
