仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第75号
2024.08.29 THU
通信教育指導室から、こんにちは。
前回は、震災直後に女川一中の子どもたちが詠んだ俳句と作文を紹介しました。
いろいろ調べていくうちに、【 女川いのちの石碑 】と紹介した【 俳句 】との間にある強い結びつきを発見しました。
子どもたちの発想力と行動力に圧倒され、深い感動を覚えました。
《 女川いのちの石碑 》に刻んだ生徒たちの俳句
「女川いのちの石碑」の取組については、皆さんもニュースで見聞きしたことがあると思います。
私も「女川の中学生がすごい取組をしているな」と人並み以上に関心をもって見守っているつもりでした。
しかし、今回「女川いのちの石碑」について詳しく調べていくうちに、驚き、感動したことがあります。
これまで建立した21基の石碑のすべてに、震災後に女川第一中学校の生徒が読んだ俳句が刻まれているのです。
《 見上げれば がれきの上に こいのぼり 》
当時、俳句の指導に当たったのは、自身も震災で次女みずほさん(大川小学校6年)を亡くした国語教諭の佐藤敏郎先生(現・「大川伝承の会」共同代表)です。
そして、震災直後に入学した中1の子どもたちが、先輩たちの思いを引き継ぎ、千年後の命を守るために「女川いのちの石碑」の取組を発案し、見事に結実させたのです。
石碑の下の方(写真、黄枠)に、この取組に込めた子どもたちの願いや祈りが刻まれています。
東日本大震災で、多くの人々の尊い命が失われました。地震後に起きた大津波によって、ふるさとは飲み込まれ、かけがえのないたくさんの宝物が奪われました。 2014年3月 女川中卒業生一同
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最後に、足かけ8年かけた「女川いのちの石碑」の取組の完工を意味する21基目の設置を告げる報道記事(河北新報 2021年11月22日朝刊)を紹介します。
「夢だけは 壊せなかった 大震災」 いのちの石碑、21基目完成
東日本大震災の津波の記憶を後世に伝えようと、宮城県女川町の女川中卒業生が建立する「女川いのちの石碑」の最後の21基目が完成し、21日に町内の現地で除幕式があった。2013年11月の1基目設置から丸8年で整備を終えた。同級生らが集い、災害から未来の命を守る決意を新たにした。
いのちの石碑は震災直後の11年4月に入学した生徒が計画した。「地震が来たらこの碑より上へ逃げて」と避難を促す言葉を碑に刻み、町内各浜の津波到達地点より高い場所に建ててきた。21基目は昨年夏に開校した女川小中学校の校舎脇に設置。碑文は1基目と同じ「夢だけは 壊せなかった 大震災」を選んだ。
全ての碑には災害への備えとして「非常時に助け合うため普段からの絆を強くする」「高台にまちを作り、避難路を整備する」「震災の記録を後世に残す」との文字が刻まれている。
除幕式には同級生でつくる「女川1000年後のいのちを守る会」のメンバーや保護者ら約30人が出席した。阿部由季会長(23)が「私たちのようにつらく悲しい経験をすることがないよう活動してきた。震災を後世に語るきっかけになってほしい」と語った。

完成した21基目の石碑と守る会のメンバー
守る会はメンバーが中学2年だった13年2月、建立費に充てる募金を開始、約半年間で1000万円を集めた。現在は社会人や大学生になった約10人が中心となり、各石碑の前で語り部活動を続ける。メンバーの鈴木智博さん(22)は「残りの990年、人々が自分の命を守れるように防災の輪を広げていきたい」と力を込めた。
「女川いのちの石碑」建立を自分たちの手で実現した子どもたちと、その背中を押した保護者や先生方。
教育というもののもつ計り知れない力と可能性を感じさせられました。