仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第42号
2023.12.14 THU
通信教育指導室から、こんにちは。
今回も、船越準蔵先生の著作から、「山椒大夫」の逸話を紹介します。
船越先生の子ども時代の思い出です。準蔵少年の緊張と頑張りが手に取るように伝わってきます。
そして、母親の一言の大切さと温かさも。
「主婦会」の発表者に抜擢
5月は先生方が総出で家庭訪問をする季節です。私の住む堀内地区を訪れる日も決まりました。

家庭訪問の日には、先生方が子供の家を訪ねた後で、保護者と先生方が全員、地区の集会所に集まって話し合いをする「主婦会」というのがありました。その会では、地区の子供の何人かが、短い時間、学芸発表をするのが例でした。
ある日の放課後、私は白井先生に呼ばれ「主婦会で短い物語の発表をしてほしいができるか」と聞かれました。もう一人の令子さんは自作の詩を朗読するそうです。
白井先生に声をかけられて、私は嬉しさに体が熱くなるほどでした。同級生の中でも特に活発で勉強もできる令子さんと一緒だというのも思いがけないことです。私は少しもじもじした後で先生に「できます」と答えました。
先生に言われたとき、発表する物語の候補として、すぐに「山椒大夫」が思い浮かびました。3年生になってこの物語に出会い、すっかりとりこになり、ときには涙を流しながら、繰り返し読んでいたからです。
さっそく物語のいい所を紙にまとめ、暗記にかかりました。
「安寿と厨子王は背に籠を負い、腰に鎌をさして……」
と、学校の行き帰りや草取りの間、風呂の焚き口でも繰り返し練習しました。兄姉は私を「オイ、厨子王」と呼ぶほどでした。
こうして私は、主婦会の数日前までに、紙を見なくても話ができるようになりました。白井先生や令子さんや、主婦の人たちの前で話をする日を、待ち遠しいとさえ思うようになりました。
先生なんか嫌いだ!
家庭訪問の日は、地区の子供が総出で先生を各家庭に案内して回り、祭りのように賑やかです。
それも終わり、主婦会の時間が近くなると、先生たちも母親たちも集会所にやってきます。
父親や爺さん婆さんも何人か来ます。
用がなくなった子供たちもすぐには帰らずに、集会所の周りの草むらでふざけ合っています。
高等科の人が上級生らしく「静かに!」などと注意しています。
主婦会が始まってずいぶん時間がたっても白井先生は迎えに来ません。
家々の屋根から煙がたなびき、子供たちは夕方の手伝いに帰っていきます。
広場には私と令子さんのほか数人しか残っていません。
ようやく白井先生が顔を出して手招きしました。
私と令子さんは小走りに先生の所に行きました。
先生は、会場の邪魔にならないように、声をひそめて言いました。
「会議が長くなっているの。
とても二人の発表は無理だから、令子さんの詩の朗読だけやってもらいます。
待たせて悪かったけど、準蔵くんはもう帰っていいよ」
友人の手前もあって強がりを言いながら家に帰り、土蔵の二階で一人になると、思いがけず涙がボロボロとこぼれ落ちて、誰もいないのを幸いに、私は少しの間そこに突っ伏して泣きました。
何も悪いことをした覚えもないのに、どうしてこんなひどい目に遭うのか。
白井先生も令子さんもみんな憎いと思いました。
そんなことを思いながら、そのまま眠ってしまいました。
呼びに来た弟に起こされて目がさめると、もう夕食の時間でした。
みんながお膳についたとき、母が大きな声で言いました。
「主婦会で聞けなかった『山椒大夫』のお話を、ご飯がすんだらみんなで聞こう!」
打ち合わせ済みと見えて、兄も姉も弟も、父までも拍手をしてくれました。
ご飯を食べるうちに、私は少しずつ元気が出てきました。朝から緊張していて、ご飯ものどを通らず、おなかが空いていたのです。
わが家の夕食は、いつもアッという間に終わります。母の元気な声がかかりました。
「では、お願いします!」
私は立って一礼し、大きく息を吸ってから話を始めました。
「安寿と厨子王は背に籠を負い、腰に鎌をさして、手を引き合って木戸を出た。二人が一緒に歩くのは……」
練習が実り、立派な発表ができました。
発表より稽古の方が大事
寝る前に、母は私を前にすわらせて、こんなことを言いました。
「世の中はお天道様と同じで、みんなに都合よく照るとは限らぬ。風の都合で遠足の日が雨になることもある。学校の先生も同じこと、主婦会の時間を守るためにお前との約束を守れないこともある。それに腹を立ててはならぬ。
学校の先生は神様ではない。ことに白井先生は去年の担任の丹波先生よりずっと若い。行き届かぬ所もあるだろう。その代わりお前たちが大きくなっている。気に入らぬ所だけを見て腹を立てては勉強にならぬ。善い所を見つけて学ぶのがお前の勉強だ。
主婦会で発表できず残念だろうが、発表することがそんなに大事か。子供のうちは、発表より稽古の方がずっと大事だ。
白井先生のおかげで、読んだり、書いたり、暗記したりしたことは、一生役立つ宝物だ。有難いと思わなければ」
母の目に涙が光っていました。
今にして思えば、発表が取りやめになって、一番残念だったのは、母だったのかも知れません。
母の言う通り、「山椒大夫」は私の一生の愛読書になりました。
そして、森鴎外を知り、「高瀬舟」も「最後の一句」も読みました。
露伴や、逍遙や、紅葉の名も知りました。
みんな、白井先生から「幻の発表」を言いつかったおかげです。