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仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第36号

2023.10.26 THU

通信教育指導室から、こんにちは。
今回は、柴田町出身の教育者・三浦英幸先生の実践やエピソードを紹介します。


1928 柴田町槻木地区の農家に生まれる。槻木小学校・高等科、宮城県立宮城農業学校、宮城師範学校に学ぶ。
1951 船岡小学校教諭として2年間教鞭をとる。
1953 全国的な教育の場で力を試したいとの志を胸に上京。豊島区、板橋区、そして小平市の中学校で力量を磨く。
1981 小平市立第五中学校の校長。創立10周年記念行事「42km歩け歩け大会」を成功させる。1984 第四中校長に就任。
1988 小平市教育委員会教育長に就任。1995 道半ばで逝去。児童生徒の成長と自立を願い、終生情熱的に指導に当たる。


校長の寸言

三浦英幸先生は、校長として勤めた小平五中でも小平四中でも、校舎内の一番目に付く場所に『校長の寸言』を掲げ、生徒を励まし続けた。

● 『寸言』 今こそ勝負 (小平五中 1984年2月 受験を前に)


今こそ勝負

天を目指して力いっぱいに枝を伸ばしている小枝を見よ!
寒さの中でも、雪の中でも、風にゆれても、ジーっと耐えて春を待っている。
どの枝も、おこたることなく真剣に絶えず春の準備をしている。

私たちは、この姿に学ぶべきだと思う。特に3年生の諸君よ!
今が勝負である。
精いっぱい努力した人にのみ栄光の春が約束されている。

『もしも、あとで流す涙があれば、今日一日に泣け』

なまける人は自分を駄目にし、親友までも失うことになるだろう。

頑張ることを心から期待する。

● 『寸言』 運動会を成功させよう (小平四中 1984年6月 運動会を前に)

人間が最も美しく見えるときは、何ごとにせよ一つのことに全力を傾けて努力している姿であろう。

そこには、勝ち負けも、遅い速いも、できるできないもなく、ただ、目的に向かって一生懸命に努力する無心な姿だけである。

運動会という素朴な行事がいつの時代でもみんなに愛され受けつがれるのは、この姿があるからであろう。

四中の運動会は、今年で20回目を迎えた。

この運動会では四中生の「やる気」と「協力」が問われているように思う。

克ってよし、負けてよし、精いっぱい自分の力を出し、互いに助け合い最後まであきらめない姿を、みんなの前に見せたらそれでよい。

祈る 大成功を。


母がいつもやっていること


A子さんは、いつも美しい花を持って朝早く登校してきて、教室に飾ってくれていました。 ある日のこと、教室に行ってみると、A子さんは古くなった花を机の上において、きれいな花を花瓶に挿していました。
新しい花が花瓶に挿されたとき、教室全体が急に明るく、美しく、豊かになったような気がしました。 そのあとA子さんは、古い花を紙に包んでそっとゴミ箱に捨てました。そのあとのことです。A子さんはゴミ箱の前で手を合わせお祈りをしました。私はその姿を見て胸を打たれました。
しばらくしてからA子さんに、どうして、お祈りをしたのかたずねました。 「先生、みていたのですか。元気で美しいときの花は、みんなから『きれいね』と言われます。しかし、古くなり、みずぼらしくなった花は誰からも見向きもされず、そのまま捨てられます。花は人の手で切られ、ここに持ってこられました。用がなくなり、ただ捨てられていきます。余りにもかわいそうなので、『ありがとう』と感謝し、祈ったのです。これは、母がいつもやっていることです。私も母にならってしているだけのことです。」

私は、美しい、あたたかい心にふれたような気がした。そして、何か忘れてしまった大切なことを、静かなふるまいで教えられたような気がした。
A子さん、ありがとう、ありがとう。

語る人貴し
されど
語るとも知らず からだで語る人
さらに貴し
導く人貴し
されど
うしろ姿で導く人 さらに貴し


『三浦英幸遺作集』 p.142 に掲載された一文です。
A子さんの所作と美しい心、それがご自身の母親の思い出とも重なり、深い感動となって心に残ったようです。


言わぬことばを聞く

郷里・柴田町で百姓をやっている、大好きな伯父が、三浦英幸先生におくった言葉。


お前は、あの植物が何を言っているか聞こえるかね。わたしには聞こえるのだ。
植物はたしかに何も言わんだろう。
しかし、百姓は、植物の一つ一つが何を言っているか聞けるようでないといけない。
水を欲しいと言っているものもいる。水はけをよくしてくれと言うのもいる。日照りが強いから覆いをしてくれと言うのもいる。
百姓はそれを聞いて、それに応えてやらなければならないのだ。
学校の先生はね、子どもは何も言わんかも知れない。
しかし、先生は、子どもの言わぬことばを聞きとらなくてはいけない。
泣きたい子がいる。
さびしい子がいる。
かなしい子がいる。
悩んでいる子がいる。
その一人一人の無言のことばを聞きとってこそ、本当の先生になれるのではないかね。
そういう先生になってくれ。

『三浦英幸遺作集』 p.226

『先生になってほんとうによかった-三浦英幸遺作集』三浦英幸先生の遺作集編集委員会1997

※ 写真は『遺作集』からお借りしました。

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