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仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第29号

2023.09.07 THU

通信教育指導室から、こんにちは。
27号、28号と2号続けて、子どもたちを夢中にさせる「課題」や「宿題」について紹介してきました。今回は、その「宿題」について、大村はま先生とサヘル・ローズさんの文章を通して、考えていきましょう。


宿題=課された学習は避けたい

宿題というのは、予習と並んで使われることばですけれど、宿題という意味をたいへん狭くとって、教師としては、当然学校でやろうと思っていたことだけれどもやり残したから宿題にするとか、これは練習だから宿題にするとかいう場合があります。そういう宿題が問題だと思うのです。
宿題というのは、本来、教室の学習のあとに自然発生的に、たとえば学校でグループ活動をしていて、計画に従ってみんなどんどんやっているのが遅れたり、遅れなくとももう少し十分にしたいとか、うんといいものにしたいとか、そういうことで、課せられたという気持なしに家庭で学習する、そういうのが理想的だと思います。
課されたといったような感じの宿題は、ほんとうの学習にならないのではないでしょうか。練習だから家でやればいいんだ、そういうことにはならない、練習も学校ですることが本体でしょう。
面白かったので自分でもっとやるというのでしたら、それは課されたものではありませんから、いわゆる宿題という概念とちょっと違います。発展的な学習とか、そういう意味のものでしたらいいのですけれども、強制的に課して、やってきたかやってこないか調べるといった感覚の学習はさせたくないものです。


『新編 教室をいきいきと1』大村はま(ちくま学芸文庫)p.333 一部編集

教える内容が増え、授業時間内に指導することが年々難しくなってきています。それでも、「練習も学校ですることが本体でしょう」という言葉を心に留めておきたいものです。

次に、サヘル・ローズさんが『教育情報誌educo55』に寄せた文章を紹介します。

勉強は授業の中で完結を

日本に来てもう28年になります。
母娘二人きりだったので、日本以外の国だったら生きていけなかったでしょう。地域の方々が私たちに手を差し伸べて、ずっと支えてくれたんです。本当に日本に来てよかったと思います。だからどうか皆さんも、困っている人がいたら寛大な気持ちで手を差し伸べてあげてほしい。
SDGsとか多様性とか言葉だけが一人歩きして、学校にこれだけさまざまな国籍の子たちがいるのに、せっかくの機会を有効活用できていない気がします。課外授業や異文化交流の時間では、その子を先生役にするなどして、ちゃんとスポットライトが当たる機会を作ってあげるといいですね。
外国籍の子がいくら流ちょうに日本語を喋れたとしても、親御さんは喋れないケースが多いです。10年、20年と日本にいても。そういう家の子が宿題をしてこなかったとしても、どうか叱らないであげてください。私も子どもの頃、一度も宿題をやっていけたことはありませんでした。
外国人に限らず一人親家庭は、親が夜遅くまで仕事しているので、家に帰っても宿題を見てくれる人がいないんです。日本語がわからないから、教えてくれる人もいない。
「うちは一人親で、親も日本語がしゃべれないんです」なんて、絶対に言えませんでした。
勉強はなるべく学校の授業で完結させてあげてほしいです。


『教育情報誌educo55』(教育出版 2020年5月号)

社会の変化にともない、外国籍の子どもたちは増え続けています。外国籍の子どもたちに寄り添う指導の充実と保護者のサポートが大きな課題です。

宿題について、もうひとつ。2006年6月8日の河北新報朝刊の『ティータイム』に掲載されたお母さんの投稿。
「宿題」がプレゼントしてくれた親子の触れ合い。いいですね。


宿題デート …… 佐藤知美さん

「今日の算数の宿題って家まで何歩かを調べるんだけど、数えているうちに忘れた」
と、帰宅してすぐに小学6年の息子。
「何してんの、普段から集中力がないからだよ。明日の朝、きちんと数えながら行かなくちゃ駄目だよ」
わたしの言葉を聞きながら、ほかの宿題をしようとした息子が
「お母さん、今から一緒に学校まで行ってくれない。宿題するから」
と言い出しました。

時計に目をやると、午後5時をすぎていました。頭の中では「夕飯の支度が…」。でも、次の瞬間に出た言葉は「行くかぁ。歩け歩けだね。宿題終わらせちゃおう」でした。
万歩計を付け、いざ出発。数えながら歩いているのか、普段のおしゃべりの息子ではありません。
「1歩、2歩。おれってこれくらい?」。
聞けば、歩幅2個分が身長に当たると学校で習ったとか。
「身長の方がデカイよ」と言うわたしに、息子は「そうだよね」。
学校行事には自転車や車で出掛けることが多いので、息子と通学路を歩くのは久しぶりでした。わたしの前を歩く息子は大きく、たくましく、今風のスラリとした少年でした。
甘えん坊の息子の姿はありません。少しずつ始まっている親離れに寂しさを感じている中で、ひとときの宿題デートを楽しみました。

(多賀城市・主婦)

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