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仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第24号

2023.07.20 THU

通信教育指導室から、こんにちは。
今回は、大村はま先生の著作から、教職という職業の根本に触れる
「仏様の指」という逸話を取り上げます。
心に染み、やがて心を深く揺さぶられる逸話です。


仏様の指

先生の前でかしこまって緊張している私に、(奥田正造)先生は急に、「どうだ、大村さんは生徒に好かれているか」と、お尋ねになったのです。私は、はたと返事に困りました。好かれていると言えばどういうことになるか、好かれていないと言えばどういうことになるか。瞬間、子どものようにぶるぶるふるえてしまい、やっと、「嫌われてはいません」という、へんな返事をしました。先生は「そう遠慮しなくてもいい、きっと好かれているだろう。学校中に慕われているに違いない」と言って、お笑いになりました。私はどうしてよいかわかりませんので、下を向いてもじもじしていますと、先生が一つの話をしてくださったのです。

仏様がある時、道ばたに立っていらっしゃると、一人の男が荷物をいっぱい積んだ車を引いて通りかかった。
そこはたいへんなぬかるみであった。車は、そのぬかるみにはまってしまって、男は懸命に引くけれども、車は動こうともしない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたっても、どうしても車は抜けない。
その時、仏様は、しばらく男のようすを見ていらしたが、ちょっと指でその車におふれになった。その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、からからと男は引いていってしまった。
こういうのがほんとうの一級の教師なんだ。男はみ仏の指の力にあずかったことを永遠に知らない。自分が努力して、ついに引き得たという自信と喜びとで、その車を引いていったのだ。

こういうふうにおっしゃいました。
そして、「生徒に慕われているということは、たいへん結構なことだ。しかし、まあいいところ、二流か三流だな」と言って、私の顔を見て、にっこりなさいました。
私は考えさせられました。日がたつにつれて、深い感動となりました。
そうして、もしその仏様のお力によってその車がひき抜けたことを男が知ったら、男は仏様にひざまずいて感謝したことでしょう。けれども、それでは男の一人で生きていく力、生き抜く力は、何分の一かに減っただろうと思いました。仏様のお力によってそこを抜けることができたという喜びはありますけれども、それも幸福な思いではありますけれど、生涯一人で生きていく時の自信に満ちた、真の強さ、それにははるかに及ばなかっただろうと思う時、私は先生のおっしゃった意味が深く深く考えられるのです。


教師の本懐

もうだいぶ前に読んだ幸田文さんの書かれた随筆に、たいへん好きなことばがありました。
お嬢さんをご結婚で、送り出される時のことです。お嬢さんが長い間、おかあさんに育てていただいたことを心から感謝なさいました。
そのとき、幸田さんは、
そんなにお礼を言わなくてもいい。それは、何かしてあげたかもしれないけれど、それが私の生きがいであった。あなたを世話し、あなたを愛し、あなたのために心配し、いろいろなことをしてあげることが私の生活そのものであったし、生きがいであった。それでじゅうぶんむくいられたのであって、恩義のようなものを感じることはない。
とおっしゃったというのです。

全く同感です。生徒があって教えることができて、それが私の生きがいでした。子どもから何もお礼を言ってもらえなくても、私はその生徒を教えることによって、自分の生活というものがあったのです。私という人間のこの世にいたしるしにもなり、この世に生きた意味があったのです。
私は子どもたちにとって、重荷になるような先生になりたくないと思います。子どもたちは私といっしょに勉強する間に身につけた力で、力いっぱい自分の人生を生きていく。それで、もし思い出してもらえなくたっていいではないか、と思うのです。あの仏様の指と同じように……。
もしほんとうにすばらしい教師であったなら、子どもは私のことなど思わないかもしれない、と私は思います。あの仏様の指のような存在でありたいと思います。そして、豊かな力を、先生の指がふれたことをも気づかずに、自分の能力と思い、自分のみがき上げた実力であると思って、自信に満ちて、勇ましく次の時代を背負って行ってくれたら、私はほんとうの教師の仕事の成果はそこにあると思うのです。そして、その仏様の指のようなみごとな技術をもちたいと思います。めだたない、させられているとは思わない場面の中に子どもを入れて、子どもたちを勉強させたいものだと思っているのです。そうする時に、はじめて未来の幸福を作り出す、一本立ちした、一人で生きていける人間というものが、できていくのではないかと思います。
みんなが自分の力だと信じ、先生のことなんか忘れてしまってくれれば本懐である、と私は思うのです。


『新編 教えるということ』 大村はま著(ちくま学芸文庫 1996)p.155~p.159 一部編集

今回のメルマガを読んで、「仏様の指」という逸話を知った人も多いと思います。
子どもが困難に突き当たったとき、自力で乗り越えられるようにさりげなく背中を押してあげられる教師、いつも子どもに寄り添い、ともに歩み、ともに成長する教師――そんな、「仏様の指」のような教師でありたいものですね。

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