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仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第13号

2023.04.20 THU

前号で紹介した私たちの失敗談ですが、その後のドタバタはまだ続いています。
でも皆さんの頑張りで、レポートの提出数はぐんぐん伸びています。
4月からスタートした人のうち、6月に科目終了試験を受ける権利を得た人は14人、科目数は19教科です。
ほとんどが添削中ですが、合格も3科目となっています。

子どもを「点」ではなく「面」で見る

子どものほんとうの姿を見るのに、教師の思い込みや先入観は禁物!という話を紹介しました。
今回は「子どもを『点』ではなく、『面』で見る」ことについて、引き続き、田中博史先生の著書を通して考えていきたいと思います。


私自身も、自分が教師になって子どもを見る側の立場になってから、この「子どものほんとうの姿を見る」ことの大切さをあらためて実感した出来事がありました。
私のクラスにいた、ひとりのやんちゃな男の子の話です。
その男の子は、なにかと問題が多いと言われている子どもでした。


子どもたちの間でなにか事件が起きると、必ずその子がかかわっているというタイプの子どもです。
教師の間でもトラブルメーカーとして知られていて、まわりの先生たちからも「先生のクラスのあの子、なんとかしてください」と言われていました。
ある日のお昼休みのこと、私が教室の窓から校庭を見ていると、ドッジボールをしているグループの子どもたちがもめていました。
そのなかには当然のようにそのやんちゃな男の子がいます。

私は内心「またか」と思いつつも、まずはことのなりゆきを見てみようと思って、そのまま子どもたちの様子をながめていました。

すると、教室にいたひとりの女の子が私のそばにやってきて言いました。
「○○くんは、ほんとうはさっきまで鬼ごっこをしていたんだよ。
でも、ドッジボールのグループがもめているのに気づいて飛んできたの。
○○くんは、いつもそう。
どこかでもめごとが起こるとそこに入っていって
『いまのはこっちが正しい』
『こっちが間違ってる』
ってジャッジをするんだよ」


子どもを「点」ではなく「面」で見る

トラブルメーカーと言われていたその男の子は、みずからがトラブルを起こしているわけではなく、ほかのグループで起こっているトラブルを収めにいっている――そのように女の子が私に教えてくれたのですが、校庭での様子を続けて見ていると、たしかにその女の子の言うとおりでした。

また別のグループでもめごとが起こると、その男の子はすぐに飛んでいって、「いや、待て。いまのはおまえがこうしたからいけないんだ」と言っています。
つまり、その男の子は、自分ではトラブルを収めにいっているつもりなのです。


でも、トラブルを起こした当事者の子どもたちからは「おまえは関係ないだろう」とやっかい者あつかいをされる。
そうこうするうちにケンカになって、そのケンカを見つけた教師から叱られているというのが、ことの顛末でした。

一方の当事者たちやまわりにいる子どもたちは、トラブルに巻きこまれるのがいやなので、その場でほんとうのことを言いません。
教室にいた女の子は、私とふたりだけのときだったので、巻きこまれる心配もないと正直に話してくれたのです。
そこまで事実の全体が見えたとき、私のその子を見る目は180度、変わりました。
なにかトラブルが起きたとき、巻きこまれるのを面倒だと思ってわれ関せずという子どもたちが多いなか、その男の子はみずから面倒な役をかって出ていた。
その男の子の動きは、実はもっとも愛すべき姿なのではないかと私の目には映ったのです。


子どものほんとうの姿を見ようとするときに大切なのは、子どもを「点」ではなく「面」で見ることだと思います。

子どものいまの姿を「点」とすると、その前後の時間までつなげたその子どもの動きが「線」になります。
さらに、その場の状況やほかの子どもたちとの関係性もふくめて線に幅をもたせたときに「面」ができる。
この「面」が出来事の全体ということで、その面が見えた瞬間に、「点」の見え方がガラリと変わるということがあるのです。

「点」を見るとき、「線」の中の「点」、「面」の中の「線」の中の「点」と全体を見わたして観察するようになると、子どもの姿のとらえ方も変わってくるのではないでしょうか。


『子どもと接するときにほんとうに大切なこと』(田中博史著 東洋館出版社2018)p.116

※ かわいい男の子のイラストは『スーザンの日本語教育 手描きイラスト』のサイトからお借りしました。

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