「ことば」を学ぶ意味
3月最後の週末、東京外国語大学時代の恩師である「田中敏雄先生を偲ぶ会」に出席するために、東京都府中市にある大学のキャンパスに向かった。43年ぶりの友との再会である。
私が学んだヒンディー語学科は15人ほどの小さな所帯で、それこそ兄弟のようにして4年の月日を過ごした。
その中に、2023年に毎日出版文化賞を受賞した「ラジオと戦争」の著者・大森淳郎氏もいた。彼は、東日本大震災直後の3月15日から福島県に入り、ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」を制作し、放射能汚染の実態を世に問うたNHKの敏腕ディレクターでもある。
「偲ぶ会」の後の酒席で聞いた大森氏のエピソードを紹介する。あいかわらず自由奔放、豪放磊落を地でいく大森氏の面目躍如である。
「オレは正真正銘の全「可」者だ。卒業式の日にキャンパスの周りをランニングして、体育の単位(「可」)を拾ったのはオレぐらいしかいない。
こんなオレでも、数字の1~5ぐらいはヒンディー語で言えるぞ。エイク、ドオ、ティーン、チャ…、ウンッ? まあ、こんなもんだ。」と胸を張った。
続けて、「オレのヒンディー語が仕事の役に立ったこともあるんだ」と言い募り、古くからインド洋を横断してインドとケニアを結んできたダウ船(帆船)を、ケニアのモンバサ港に取材した折の出来事を話し始めた。
ダウ船の船乗りは一様に貧しく、デッキでごろ寝しながらケニアとインドの間を行き来する。そんな彼らが日本から来た取材陣を半ば小馬鹿にし、まともに取材に応じようとしない。番組制作が暗礁に乗り上げ、行き詰りかけていたある夜半、満点の星空を見上げながら、大森は万感の思いを込めてこう発した。
( Akaash sundar hai! / なんて 美しい 空だ! )
大森の素直な思い、感動がヒンディー語となって、口をついて出たのだ。
モンバサは紀元前からインドとのつながりが強く、多くのインド移民が住みついている。本心から発した大森のヒンディー語が、船乗りたちの耳に届き、その琴線に触れ、心を解かしていった。彼らはふだん誰にも見せることのない船倉にまで大森を案内するなど、すっかり心を開いて、取材に協力してくれたという。
ダウ船の船乗りは、天空の星を羅針盤として、風を頼りに帆を操り、大海原を行き来する。まさに、大宇宙、大自然とともに、生きているのである。宇宙と自然に対する畏敬の念を胸に、命を懸けて、日々を生きて抜いている。
( Akaash sundar hai! / なんて 美しい 空なんだ! )
モンバサの船乗りの心を捉えたのは、大森がヒンディー語を発したという一事にあるのではない。大宇宙、大自然とともに生きる船員たちは、自分たちが満天の星空を見上げて抱く思いを、大森もまた全身で感じ、その感動を言霊に乗せて発したということに驚き、両者に通底する核心のようなものを現認し、心を通わせたのである。
ジャーナリストとしての大森の、相手の内懐深く飛び込んでいく、その極意を垣間見た気がした。
そして、「ことば」を学ぶ意味を、あらためて考える機会をいただいた一夜であった。