仙台大学通信教育指導室メールマガジン 第58号
2024.04.18 THU
通信教育指導室から、こんにちは。
今回は、算数指導のプロ-坪田耕三先生の論稿「一斉指導でこそねらえるもの」を紹介します。
少人数指導や個別指導が重用される世の風潮に抗い、あえて「一斉指導」の意義を問い直し、世に問うた価値ある提言です。
一斉指導でこそねらえるもの
なぜ,算数だけが少人数指導や習熱度別の学習なのだろうか。
体育や音楽はどうなのだろうか。
鉄棒や笛を吹くことに関しては,このような必要はないのだろうか。
素朴な疑問である。
算数にだけ,計算もできないようでは大変であるという危機意識がはたらくのはなぜだろう。
そして,指導の対象となる人数さえ減らせばうまくいくと安直に考えるのはなぜだろう。
学校教育の価値とは何か
その時に忘れ去られているものがある。
「学校教育の価値」の大切な部分である。
学校はたくさんの子どもたちがいてこその学びの場であるということである。

それを忘れての少人数指導や習熱度別学習であっては、学校教育そのものが危機にさらされてしまいかねない。
では,学校教育の価値とは何か。私は、
① 多様性の尊重
② 協同的思考
③ 価値の共有
の3点にあると考えている。
① 多様性の尊重
第一の「多様性の尊重」とは,大勢の仲間の中には,自分とは異なる様々な考え方や行動をする者がいるということを体験的に感じ,それを受け止め、理解していく学びがあるということである。
異なる存在が身近にいるということが,個人としての人間性を豊かなものにしていくのであり,このような学びはたった一人ではできないのである。
では,算数の授業に見られる「多様性の尊重」とは何か。
1年生が「8+6」の計算方法を考える場面を例に,考えてみよう。
(ア) 「8は,あと2で10になるから,6から2を持ってきて10として,残りは4になるから,答えは14」と考えた子が発表する。
●●●●●●●● + ●●●●●● = ●●●●●●●●●● + ●●●●
(イ) 別の子は 「6は,あと4で10になるから,8から4を持ってきて10として,残りは4だから,答えは14」と答える。初めに発表した子は,「へえ,別の方法もあるんだ」と感じる。
●●●●●●●● + ●●●●●● = ●●●● + ●●●●●●●●●●
(ウ) 「8と6の両方から,5ずつ持ってきて,10を作り,残りが3と1だから4になって,合わせて14」とする子も登場する。
●●●●●●●● + ●●●●●● = ●●●●●●●●●● + ●●●●
こうした話し合いを通じて,多くの子どもは「いろいろな考え方や方法があるんだな」と感じ、多様性の大切さや豊かさを学んでいく。
しかし,教える側では,こんなにいろいろな方法を登場させても混乱するだけだと先回りして,まずは最も分かりやすい方法を教えて,確実な定着を図るべきだとする考えが主流となってきている。その方が、教える側も楽だし,学習する子どもも分かりいいと判断してのことである。
これでは好奇心は育たない。
多様な考えを認める受容力もつかないし,それぞれのよさを尊重する態度も体験的に身につかないのである。
② 協同的思考
第二の「協同的思考」とは,これこそが,みんなで学習する教室という場での学びの体験である。
分からない子がいれば,自分のアイデアを提供する。
自分が気づいたことを一緒に学ぶ友だちヘヒントとして提供する。
するとまた,別の子がその気づきに補足をする。
このようにして,一人では気づかなかったことが,大勢の学びによって掘り起こされ、新しい学びが創造されていく。
例えば,わり算の問題に、
「長さ76mの針金で正方形を二つ作ります。一辺の長さは何mでしょう」
という問題がある。
◎ これをメートル単位で考えると,辺は合計8本だから,「76÷8=9(m)あまり4」となって割り切れない。
この問題には解がないのだと考える。
◎ 多くの子はあきらめるが,ふと,一人の子が,「正方形の大きさは同じでなければだめなの」とつぶやく
◎ これがきっかけになって「もしも,正方形の大きさが違っていたら」と考える子が登場する。
◎ すると,大小の正方形を考えて一方が一辺9m,他方が一辺10mならば,成り立つことに気づく。
一人のつぶやきが解を得るヒントを提供した。
◎ すると,これがまたヒントとなって「それなら,もっと他にも解がある」
◎ 「一辺8mの正方形と,一辺11mの正方形でもいい」
◎ 「それならもっと他にもあるぞ」ということになって,結局,この答えは多様になることを発見する。
みんながいてこその発見という学習である。
③ 価値の共有
第三は「価値の共有」である。
これは,学習の過程で得られた知見をみんなのものにしていこうという態度である。
結果の共有というよりも,共に学ぶ過程での考え方や学び方の共有といってよい。
先の例で言うならば,「ああ,同じ大きさの正方形だとばかり思っていたのに,大きさは違ってもいいと考えれば,新しい見方や考え方が生まれてくるんだ」と気づき、学ぶことである。
そばにいる教師が、子どもたちの多様な考え方を受けとめ、大切にし、広げてやることで、深い学びが生まれることに気づかせることで,子どもたちは協同で学ぶことや価値を共有することの意味を感得するのである。
これらは,一斉授業でこそねらえるものであって,決して個別の学習の中でねらえるものではない。
これらの価値をもう一度考え直し,一斉授業の見直しを図りたいものである。